2016年7月10日日曜日

ボサノヴァレッスン開講10周年


みなさん、こんにちは。

ブログ記事を2009年に書き始め、筆不精ながらも続けてきました。続けることに意味があるかとも思いますので、不定期ではありますが、これからもどうぞよろしくお付き合いください。

今回はお知らせになります。ボサノヴァの普及を目指すこととして、地元群馬県桐生市でボサノヴァレッスンを始め、200512月に足利カルチャーセンターでボサノヴァのボーカル講座、ギター講座を開講しました。それから、お陰様で10年間レッスンを続けさせていただくことができました。それで、感謝の意味を込めまして、今月(20167月)と来月(8月)にレッスンを申し込まれた方に限り、月謝、個人1万円、グループ7千円を永久5千円とさせていただこうと思います。どうぞ、この機会にボサノヴァにトライしてみてください。

また、ウエブサイトボサノヴァレッスンのページをリニューアルしました。



2016年5月6日金曜日

まったりとしたゴールデンウィーク


皆さん、こんにちは。

ゴールデンウィークも後半を過ぎました。そのゴールデンウィーク中、桐生市の松本自然農園さんに都心からお二人の方が見えて、農作業をお手伝いされました。予報では雨だったお天気も想念パワーで快晴にしてしまうパワフルなお二人です。

松本自然農園さんは無農薬で畑と田んぼをされています。ですから、園内では本来の自然に生息する生物が生きています。田んぼではトノサマガエルの鳴き声、隣接する林ではウグイスなどの野鳥の鳴き声がしています。田んぼではオタマジャクシが元気に泳いでました。

昼食は松本さんの手打ちそばに畑で摘んできたセリを天ぷらにしていただきました。そばつゆもカツオの出汁からとっていて、風味がとても良かったです。そこに川崎からいらした方の本わさびをすって入れてお蕎麦をを食しました。自然の中で食す本物の味はやさしく口の中で風味が広がります。若葉が生えた木々がやさしいそよ風に揺れています。なんて素敵な時間でしょう。デザートには蕎麦がきに自家製小豆のあんこをかけていただきました。

食後のひと時はわたしのボサノヴァの弾き語りを楽しんでいただきました。都心から来られたお二人はまた農作業に戻られ、わたしは一足お先にお暇させていただきました。松本自然農園の松本さん、ご参加されたお二人、この度は素敵な時間をご一緒させていただき、ありがとうございました。

2016年5月2日月曜日

ギター伴奏でのボサノヴァのコード


ボサノヴァの楽譜に見られるコード(和音)の記号を見ますと昔のポップスやフォーク、演歌と違って、アルファベット文字に7という数字が決まって付いています。おまけにカッコで括られて913など、テンションノートといわれる音も加わり、コードの音を聞いても複雑な音に聞こえるものとなります。
レッスンに来られる方でピアノやギターの経験者が先ず言われるのがコードが難しいということです。確かにテンションが加わったコードをそのままピアノで弾いたり、ギターでもコードブックに載っている形で押さえたら、大変難しいことになってしまうのですが、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトなどオリジナルのブラジル人は基本的に4本の指(人差し指、中指、薬指、小指)で指板を押さえます。つまり、ほとんどのコードは4音しか鳴らしません。それは親指でベース音、その他の3本の指でつま弾く形でリズムを弾くからなのです。その弾かれるコードのフォームを憶えてしまえば複雑な和音を弾くことも、それほど難しくはありません。


2016年4月7日木曜日

新たに

みなさん、こんばんは。今日4月7日の新月は特別な新月で、新しいことを始めるのに良いとか。このブログも趣向を変えて、ボサノヴァのことについて諸々綴っていこうと思います。

2016年3月8日火曜日

クロスオーバー

みなさん、長い間ご無沙汰しておりました。
昨日はアスタリスクミュージックの小山夫妻とともに、小山さんのアレンジの師匠である上田力氏の卒寿の記念パーティーに参加させていただきました。上田氏はアントニオ・カルロス・ジョビンの全作品完全演奏を目指すライブ活動 「Jobim My Love」を1997年6月から行われていて、わたしも地元群馬県でのコンサートで拝見したことがありました。
開場では有名なミュージシャン、プロデューサー、レコーディングエンジニア、音楽関係者の方ばかりでした。著名な方々に囲まれている風景を遠くから見て、上田氏の人間的な器の大きさを感じるばかりでした。
出席された方の中にフュージョンを青春時代に聴いていたわたしにはスーパースターの存在である本田俊之氏のお姿がありました。本田氏のファーストアルバム「バーニング・ウェイブ」は上田氏のアレンジだったとのこと。レコーディング秘話を聞くこともできました。完全にミーハーとなったわたしは小山夫妻とともに記念写真を撮らせていただきました。