2013年3月7日木曜日

わたしのワンネス体験

 いつもわたしのブログ記事を読んでくださっているみなさん、いつもありがとうございます。今回は、ちょっと変わった内容です。折しも、今日、ある方のチャネリングのブログでワンネスという言葉を眼にしました。今日がそのタイミングなのかと思い、綴ってみようと思います。わたしを知っている人の中にも違和感を持つ方もいらっしゃるでしょうが、個人的な体験を主観的に綴ったものとして受けとめてもらえたらと思います。
 それは2000年の5月に起こりました。その頃のわたしの状況はかなり切羽詰まったものでした。1994年、28才のときにギターでボサノヴァ(音楽を奏でること)を始め、好きが高じて1999年33才のときに東京へ出て、アルバイト生活をしながらボサノヴァのレッスン教室へ通っていましたが、低収入の生活、未来の希望が見出せない不安が襲ってきました。
 その頃、レッスン生徒さんの中にお二人、ある自己啓発セミナーを受けた方がいました。ある日、先生のライブの会場で、別のレッスン生徒さんに、そのセミナーの創始者の著書を貸そうとしていました。わたしは何をやっても中途半端で投げ出してしまう正確で、自分の理想と現実の違いの落差に、現状をどうにかしたいと以前からずっともがいていました。モティベーション、やる気、情熱、根気の持てないこに劣等感をもち、自己嫌悪に陥っていました。自分の精神とはどんなものかと思い、心理学の本を読むことがきっかけだったのですが、その後、ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」という本と出会い愛読していました。あの頃はシンクロニシティーに興味があったと思います。ですが、その本の通りにどうすれば自分の力を発揮させることができるかわかりませんでした。レッスン生徒さんの中のお一人は、吉祥寺でヒーリングサロンを独立開業されたばかりでとても輝いていました。その方からお話しを聞き、そうした力を発揮するノウハウを、きっとそのセミナーで得たにちがいないと思ったわたしはその本を貸してもらいました。その本の内容はたしかに具体的にすすめていく内容だと思いました。そして、そのセミナーの案内パンフレットをもらいました。たしか40万円以上の高額(わたしにとって)な料金でしたが、きっと自分の持っている潜在的な力を引き出す内容に違いないと思い、なけなしのお金をはたいて申し込みました。
 わたしはその頃、精神世界に一切関心がありませんでした。というより精神世界というジャンルさえ当時は知りませんでした。また、無神論者でした。世の中は一流大学に進み、一流企業に勤めるひとが社会の成功者で、遠にはずれてしまった自分のような人間は一生うだつが上がらないと決めつけていました。社会人としての自分の状況はそうした思いを反映していました。セミナーは、主催者のご自宅で約一週間の間行われ、20人弱の受講者の方が参加していました。内容は学校の授業のように黒板に向かってレクチャーを受けるというようなものを想像していたのですが、実際は随分異なり、いくつかの手法を使って、生まれてから自分が積み上げてきた自分の経験上の関係したひとたちを許し、自分の中にある価値判断を手放していくことでした。これまで、自分が長男で、田村家を継ぐことや自分の生活に使っていたもの、そして家族達を一切、実家に置いてきてしまっていたわたしには、そのお宅での実習は何か腑に落ちて、自分の心と身体がどんどん軽くなり、晴れ晴れとして透明になっていきました。無我の境地になるというのでしょうか、この瞬間に生きている充実感が高まっていきました。
 そしてセミナーの後半にさしかかったその日に、その体験は起こりました。わたしと何か別の存在が一体になった感じでした。自分とその周りが温かい何かのエネルギーに包まれている感じでとても安心した心地がします。わたしの細胞ひとつひとつが歓喜に満ち踊っている感じです。そして、何日か通って見慣れた、その家の部屋や部屋のものすべてに対してわたしの感じ方が、その瞬間から全然違うのです。全てが美しく、神聖に感じ、すべてが愛しいと思えます。至福感で涙が溢れ出してきます。「ああ、何て世界は美しく、愛に満ちて素晴らしいんだ。」という気持ちが溢れています。しばらくの時間、恍惚状態のまま、ほかの人と別室で一人にさせてもらいました。それからしばらくして呼ばれて、自分自身の”創造したいこと”をリストにあげてくださいと言われました。そのときリストに上げたことが「音楽を奏で、豊かでしあわせに暮らす」ことでした。あのとき体験して実感しました。「全てはひとつだ」「わたし達は実は全て本質は同じ」しかも「本質は愛そのもの」なんだと。自分のエゴがつくり出した「価値判断」の視点を外して本来の自分の意識で捉えるとそのものを実感できる。この世界を創出した存在(源、大いなるもの、神と呼べる存在)とわたし達は実は同一のもので、その存在の視点に立った状態を体験したと感じました。一緒にその家に来ていた受講者、サポートする人の中に、自分が苦手と感じるひとがいましたが、そのときは全てのひとを愛しいと感じました。その体験を今風に言うと「ワンネス」を感じた体験といえるでしょう。その日の日記に、その有り様を「たったひとつのわたし達、自分自身でいていいんだよ」と記しています。
 そのセミナーは、そのコースの後にもいろいろなコースのセミナーがあり、受けた方の中には、次のコースに行く人達がいましたが、わたしにはそれで十分でした。わたしの内側にいる魂がボサノヴァの音楽をもっともっと深め追求していくこと、この世界の有り様、精神世界に関することを追求していくことにわたしを駆り出させたからです。そして、その年にソロライブを開き、その体験の半年後に本場リオ・デ・ジャネイロに渡りました。追って、このプロセスも綴りたいと思っています。
 わたしにとって、この体験は今生きていくことの大きな支えになっています。残念ながら、あのときのような状態の自分でいられることはごくたまにしかありません。わたし達が全て、量子物理学的にみて波動であるということを知ってからわかるのですが、日々の中で、その体験をもとに、自分の波動、または外界の波動の周波数、振幅数が高いか低いかを感覚でわかるようになりました。ワンネス体験の時のような波動の周波数でいられることはまれですが、どうしたら、あの波動の状態にいられるのかはわかりました。自分の中にある様々な価値判断を手放し、飾ることの必要のない自分自身、本当の自分でいるとき、自分の大好きなことをしているとき、自分が本当のワクワクしているとき、自分がぼーっとした無の状態でいるときにその波動の状態にもっていけることに気づきました。ですが、それを知っていることよりもその波動の状態で生きることがなによりも大切なことです。その波動は自然と一体の波動なのかもしれません。いろいろなシンクロニシティーが起こり、直感が冴えるようになります。それは調和の波動なのでしょう。拙い文章ですので、あの体感と感動を全てお伝えするのはどうやらわたしには無理のようですが、わたしの生き方を一変させてしまった出来事を綴ってみました。
 最近では、わたしのような体験をされた方が他にもたくさんいらっしゃることを耳にしたり、読んだりします。多分、集合意識的に人類に起こっていることなのかもしれません。本来わたし達は全てとつながっています。分離しているという幻想を手放し、再び本来のかたちですべてとつながって人生を送っていけたらと思いますし、そうしていけると確信しています。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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