2014年10月26日日曜日

万物にやどる魂



みなさん、こんにちは。先日は猛暑が続きましたが、昨日、今日とからっとした過ごしやすい日ですね。
わたしは去年の12月に9年間一緒に暮らした猫を亡くしました。その子がおとといの夜に夢に現れました。いつもいた階段のところに居て、いつものようにそっと抱き上げるとその感触までありありと感じました。いままでに何度か夢に現れてくれたのですが、触れることができて涙が溢れました。
名前をニイニイといって、ちょうど父親が亡くなった頃なのですが、家の玄関の前にたくさんの野良猫がいました。そのなかに4匹生まれて1ヶ月くらいのかわいい子猫がいて、近所のひとたちがなぜかわたしの家にことわってもらっていったのですが、最後に残った子猫をわたしが引き取ったのでした。尻癖がよくて遊び好きで9年間も一緒に住んでいるとこの子なしでは生きてゆけないというぐらい大切な子になりましたが、去年の12月に突然食べることも飲むこともできなくなり、5日後に亡くなってしまいました。息を引き取るときは看取ることができました。
亡骸を大好きだった廊下の奥の毛布のところでねかせました。その亡骸を見ていても生きていたころの彼を感じることはありませんでした。あの子の魂こそがあの子の本質で、肉体はこの世に存在するための仮の姿なのだと思いました。あるがままを生きて、愛らしくて、神秘的で、神聖なものだったなあと感じました。
魂はカタチとして見ることができませんが、どんな生き物にもその存在のエネルギーは感じとれます。たとえば、昔よく採りに行ったクワガタやカブトムシ、庭にもよくいたカタツムリ、マイマイカブリ、オケラなど、自分の眼で見て触った生き物は標本で見るものとはあきらかに違う神聖さがありました。わたし達が暮らす地球の山や川、どの自然も美しく、そこには神聖なエネルギーが感じられます。きっと、みな、すべて魂のエネルギーを宿しているからなのでしょうね。

と、ブログ記事を夏に書き、そのままアップすることなく時間が過ぎてしまいました。
もう二度となんなにつらい思いをする別れはしたくないと思い、もう二度と猫は飼わないと思っていたのですが、台風が来ている大雨の日に一匹の、生後一ヶ月ぐらいの子猫が家の前で大きな声で鳴いていました。後ろ足には大きな傷があり、ためらわず保護しました。里子に出そうかと思いましたが、いろいろないきさつがあり、ウチの子として飼うことになりました。女の子なので名前を「あい」と名付けました。前の子はわたしにしかなつかない子でしたが、今度の子は家族や親戚にもなついて愛されています。また、猫ちゃんとの生活が始まりました。