いつもブログ記事を読んでいただき、ありがとうございます。
今月、群馬県桐生市にてボサノヴァによるヒーリング、ボサノヴァ@ホームを開催します。
主催してくださるのは桐生市在住のヒーラー野口素直さんです。こちらがウエブサイトです:SUNAO WORKS spiritual healing。こちらのOpen Heart Project♥の一環として行われます。ボサノヴァ@ホームに関することもありますので、どうぞご覧になってみてください。
それから、ボサノヴァ@ホームにご参加いただいた方の感想をいただいていますので、一部ご紹介したいと思います。
○匿名様
「少人数でとても密度の濃いエネルギーを受けて、包まれる感覚と共にハートに深く響きました。個人的には眠りというよりも体を起こしたまま深い瞑想状 態に入り高次元のエネルギー、ご存在、ハイアーセルフにアクセスする体感とビジョンを得ました。深い癒しと共にスピリチュアルであり人間的な気づきがあ り、涙があふれてきました。全てがあるがまま、ナチュラルで良いという自分への許しとねぎらいでした。心に詰まっていたけれど、自分では気づかずにいた滞 りがスーッと解けたようでした。」
「自宅を会場として提供させて頂きました。皆さんが帰られた後、子供が帰宅した際に“すごくいいにおいがする”と言っていました。我が家では仕事上、空間の浄化やアロマを焚くことは日常ですが、更にとてもまろやかな空気感になっていました。」
「自分の存在価値を認める(感じる)という長年に渡るとても深いテーマにおいても“理屈ではない何か”という感覚的なところで、全体的に自分自身がバージョンアップしたような気がします。」
○匿名様
「とっても癒されて、ここちいい感じで寝てしまいました。」
「不思議な事が、2日後に…ぜったいに許せないと思っていた上司2人に感謝があふれてきました。いつもとはいきませんが、あたたかい気持ち接する事が出来る様になってきています。」
○匿名様
「とても心地良い音楽が身体にしみこんでいくという感覚があり、気がつくとすっかり眠っていました。(すみません)起きた後はとてもスッキリしていました。ありがとうございました。」
以上、感想の一部を紹介させていただきました。音というものは水への伝導性が非常に高いです。シロナガスクジラはわずか3頭いれば自分たちの出す音波で世界一周の交信ができるそうです。人間の体の約70パーセントは水ですから、音を使うヒーリングの効果と言うものは即効性があると思います。3人受けていただいたうちのお二人が眠ってしまったことからもお分かりいただけると思います。理屈ではなく、感じて頂くのが一番なのです。音の波動に共鳴することで、その方の波動が宇宙と調和し、本来の自分へと調整し始めるのです。ボサノヴァ@ホームに関する詳しいことは田村ひろのボサノヴァ@ホームのページにありますので、ぜひご覧ください:田村ひろボサノヴァ@ホーム
最後まで読んで頂きありがとうございました。
2013年4月7日日曜日
2013年3月20日水曜日
ボサノヴァによるヒーリングを始めます。
いつもわたしのブログ記事を読んでくださっているみなさん、いつもありがとうございます。今日は春分の日にふさわしく、暖かくて穏やかな天気でしたね。
今日から、わたしは以前から温めてきた企画、ボサノヴァによるヒーリングを開始いたします。ボサノヴァのヒーリングの可能性に気づいたのはかれこれ8年前です。帰国後、文化交流の一環として地元群馬で演奏する機会ができました。そうした流れの中で知り合った方から財団法人の文化祭の企画として演奏を頼まれました。会場は明治期に建てられた洋館の中の落ち着いた素敵なサロンでした。お客さんは皆、地元の名士の方々です。40分のボサノヴァの楽曲によるプログラムでした。
そして不思議な体験をしました。演奏がすすむにつれ、聴いているひとが目をつむりはじめ、ある曲ではほぼすべてのひとが気持ちよく身体がゆっくりと揺れ、口がぽかんと開きながら眠ってしまっています。多分仕事では重責を担い、ストレスをかかえている人達です。そのストレスから解放され、気持ちがゆるみ解放されたのだと思いました。
その後、演奏活動を本格化させていきましたが、リラックスできる閑静で落ち着ける会場での演奏では必ず目をつむって身体を揺らしながら気持ちよく聴いている、または眠っている方がいらっしゃいます。しかもボサノヴァのプログラムが有効なのです。
ボサノヴァの特徴は、ゆらぎの音楽であるということです。小川のせせらぎや風のそよぎなど、自然は一定ではなくゆらぎがあります。そのゆらぎによって人間は脳からα波を発し、リラックスできます。そのゆらぎを1/fのゆらぎといいます。ボサノヴァのリズムはビートをときおりシンコーペーションさせる(1/8拍前のめりにアクセントをおく)ゆらぎというものがあります。美しい海に面した都市リオ・デ・ジャネイロで育まれたこのリズムはまるで海のさざなみのようです。また、メロディー、ハーモニーにおいても一聴するとシンプルのようですが、調性から逸脱した音が使われ、実は複雑な構造を成しており、総体的にゆらぎが存在する音楽といえます。
ヒーリングミュージックという言葉を用いて、故宮下富実夫は人間のリラクゼーションのための音楽活動をされていました。そのイベントの中には眠りのコンサートというものがありました。自然と調和する音楽の持つ力(エネルギー)がひとの潜在意識にアクセスするとということは本来の人間のあり方に戻るための有効な手段かもしれません。
田村ひろの弾き語りによるボサノヴァのヒーリングをボサノヴァ@ホームと名付けました。詳細はわたしのウエブサイトのページをご覧下さい。このことは追ってまたいろいろと記していきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今日から、わたしは以前から温めてきた企画、ボサノヴァによるヒーリングを開始いたします。ボサノヴァのヒーリングの可能性に気づいたのはかれこれ8年前です。帰国後、文化交流の一環として地元群馬で演奏する機会ができました。そうした流れの中で知り合った方から財団法人の文化祭の企画として演奏を頼まれました。会場は明治期に建てられた洋館の中の落ち着いた素敵なサロンでした。お客さんは皆、地元の名士の方々です。40分のボサノヴァの楽曲によるプログラムでした。
そして不思議な体験をしました。演奏がすすむにつれ、聴いているひとが目をつむりはじめ、ある曲ではほぼすべてのひとが気持ちよく身体がゆっくりと揺れ、口がぽかんと開きながら眠ってしまっています。多分仕事では重責を担い、ストレスをかかえている人達です。そのストレスから解放され、気持ちがゆるみ解放されたのだと思いました。
その後、演奏活動を本格化させていきましたが、リラックスできる閑静で落ち着ける会場での演奏では必ず目をつむって身体を揺らしながら気持ちよく聴いている、または眠っている方がいらっしゃいます。しかもボサノヴァのプログラムが有効なのです。
ボサノヴァの特徴は、ゆらぎの音楽であるということです。小川のせせらぎや風のそよぎなど、自然は一定ではなくゆらぎがあります。そのゆらぎによって人間は脳からα波を発し、リラックスできます。そのゆらぎを1/fのゆらぎといいます。ボサノヴァのリズムはビートをときおりシンコーペーションさせる(1/8拍前のめりにアクセントをおく)ゆらぎというものがあります。美しい海に面した都市リオ・デ・ジャネイロで育まれたこのリズムはまるで海のさざなみのようです。また、メロディー、ハーモニーにおいても一聴するとシンプルのようですが、調性から逸脱した音が使われ、実は複雑な構造を成しており、総体的にゆらぎが存在する音楽といえます。
ヒーリングミュージックという言葉を用いて、故宮下富実夫は人間のリラクゼーションのための音楽活動をされていました。そのイベントの中には眠りのコンサートというものがありました。自然と調和する音楽の持つ力(エネルギー)がひとの潜在意識にアクセスするとということは本来の人間のあり方に戻るための有効な手段かもしれません。
田村ひろの弾き語りによるボサノヴァのヒーリングをボサノヴァ@ホームと名付けました。詳細はわたしのウエブサイトのページをご覧下さい。このことは追ってまたいろいろと記していきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
2013年3月7日木曜日
わたしのワンネス体験
いつもわたしのブログ記事を読んでくださっているみなさん、いつもありがとうございます。今回は、ちょっと変わった内容です。折しも、今日、ある方のチャネリングのブログでワンネスという言葉を眼にしました。今日がそのタイミングなのかと思い、綴ってみようと思います。わたしを知っている人の中にも違和感を持つ方もいらっしゃるでしょうが、個人的な体験を主観的に綴ったものとして受けとめてもらえたらと思います。
それは2000年の5月に起こりました。その頃のわたしの状況はかなり切羽詰まったものでした。1994年、28才のときにギターでボサノヴァ(音楽を奏でること)を始め、好きが高じて1999年33才のときに東京へ出て、アルバイト生活をしながらボサノヴァのレッスン教室へ通っていましたが、低収入の生活、未来の希望が見出せない不安が襲ってきました。
その頃、レッスン生徒さんの中にお二人、ある自己啓発セミナーを受けた方がいました。ある日、先生のライブの会場で、別のレッスン生徒さんに、そのセミナーの創始者の著書を貸そうとしていました。わたしは何をやっても中途半端で投げ出してしまう正確で、自分の理想と現実の違いの落差に、現状をどうにかしたいと以前からずっともがいていました。モティベーション、やる気、情熱、根気の持てないこに劣等感をもち、自己嫌悪に陥っていました。自分の精神とはどんなものかと思い、心理学の本を読むことがきっかけだったのですが、その後、ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」という本と出会い愛読していました。あの頃はシンクロニシティーに興味があったと思います。ですが、その本の通りにどうすれば自分の力を発揮させることができるかわかりませんでした。レッスン生徒さんの中のお一人は、吉祥寺でヒーリングサロンを独立開業されたばかりでとても輝いていました。その方からお話しを聞き、そうした力を発揮するノウハウを、きっとそのセミナーで得たにちがいないと思ったわたしはその本を貸してもらいました。その本の内容はたしかに具体的にすすめていく内容だと思いました。そして、そのセミナーの案内パンフレットをもらいました。たしか40万円以上の高額(わたしにとって)な料金でしたが、きっと自分の持っている潜在的な力を引き出す内容に違いないと思い、なけなしのお金をはたいて申し込みました。
わたしはその頃、精神世界に一切関心がありませんでした。というより精神世界というジャンルさえ当時は知りませんでした。また、無神論者でした。世の中は一流大学に進み、一流企業に勤めるひとが社会の成功者で、遠にはずれてしまった自分のような人間は一生うだつが上がらないと決めつけていました。社会人としての自分の状況はそうした思いを反映していました。セミナーは、主催者のご自宅で約一週間の間行われ、20人弱の受講者の方が参加していました。内容は学校の授業のように黒板に向かってレクチャーを受けるというようなものを想像していたのですが、実際は随分異なり、いくつかの手法を使って、生まれてから自分が積み上げてきた自分の経験上の関係したひとたちを許し、自分の中にある価値判断を手放していくことでした。これまで、自分が長男で、田村家を継ぐことや自分の生活に使っていたもの、そして家族達を一切、実家に置いてきてしまっていたわたしには、そのお宅での実習は何か腑に落ちて、自分の心と身体がどんどん軽くなり、晴れ晴れとして透明になっていきました。無我の境地になるというのでしょうか、この瞬間に生きている充実感が高まっていきました。
そしてセミナーの後半にさしかかったその日に、その体験は起こりました。わたしと何か別の存在が一体になった感じでした。自分とその周りが温かい何かのエネルギーに包まれている感じでとても安心した心地がします。わたしの細胞ひとつひとつが歓喜に満ち踊っている感じです。そして、何日か通って見慣れた、その家の部屋や部屋のものすべてに対してわたしの感じ方が、その瞬間から全然違うのです。全てが美しく、神聖に感じ、すべてが愛しいと思えます。至福感で涙が溢れ出してきます。「ああ、何て世界は美しく、愛に満ちて素晴らしいんだ。」という気持ちが溢れています。しばらくの時間、恍惚状態のまま、ほかの人と別室で一人にさせてもらいました。それからしばらくして呼ばれて、自分自身の”創造したいこと”をリストにあげてくださいと言われました。そのときリストに上げたことが「音楽を奏で、豊かでしあわせに暮らす」ことでした。あのとき体験して実感しました。「全てはひとつだ」「わたし達は実は全て本質は同じ」しかも「本質は愛そのもの」なんだと。自分のエゴがつくり出した「価値判断」の視点を外して本来の自分の意識で捉えるとそのものを実感できる。この世界を創出した存在(源、大いなるもの、神と呼べる存在)とわたし達は実は同一のもので、その存在の視点に立った状態を体験したと感じました。一緒にその家に来ていた受講者、サポートする人の中に、自分が苦手と感じるひとがいましたが、そのときは全てのひとを愛しいと感じました。その体験を今風に言うと「ワンネス」を感じた体験といえるでしょう。その日の日記に、その有り様を「たったひとつのわたし達、自分自身でいていいんだよ」と記しています。
そのセミナーは、そのコースの後にもいろいろなコースのセミナーがあり、受けた方の中には、次のコースに行く人達がいましたが、わたしにはそれで十分でした。わたしの内側にいる魂がボサノヴァの音楽をもっともっと深め追求していくこと、この世界の有り様、精神世界に関することを追求していくことにわたしを駆り出させたからです。そして、その年にソロライブを開き、その体験の半年後に本場リオ・デ・ジャネイロに渡りました。追って、このプロセスも綴りたいと思っています。
わたしにとって、この体験は今生きていくことの大きな支えになっています。残念ながら、あのときのような状態の自分でいられることはごくたまにしかありません。わたし達が全て、量子物理学的にみて波動であるということを知ってからわかるのですが、日々の中で、その体験をもとに、自分の波動、または外界の波動の周波数、振幅数が高いか低いかを感覚でわかるようになりました。ワンネス体験の時のような波動の周波数でいられることはまれですが、どうしたら、あの波動の状態にいられるのかはわかりました。自分の中にある様々な価値判断を手放し、飾ることの必要のない自分自身、本当の自分でいるとき、自分の大好きなことをしているとき、自分が本当のワクワクしているとき、自分がぼーっとした無の状態でいるときにその波動の状態にもっていけることに気づきました。ですが、それを知っていることよりもその波動の状態で生きることがなによりも大切なことです。その波動は自然と一体の波動なのかもしれません。いろいろなシンクロニシティーが起こり、直感が冴えるようになります。それは調和の波動なのでしょう。拙い文章ですので、あの体感と感動を全てお伝えするのはどうやらわたしには無理のようですが、わたしの生き方を一変させてしまった出来事を綴ってみました。
最近では、わたしのような体験をされた方が他にもたくさんいらっしゃることを耳にしたり、読んだりします。多分、集合意識的に人類に起こっていることなのかもしれません。本来わたし達は全てとつながっています。分離しているという幻想を手放し、再び本来のかたちですべてとつながって人生を送っていけたらと思いますし、そうしていけると確信しています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それは2000年の5月に起こりました。その頃のわたしの状況はかなり切羽詰まったものでした。1994年、28才のときにギターでボサノヴァ(音楽を奏でること)を始め、好きが高じて1999年33才のときに東京へ出て、アルバイト生活をしながらボサノヴァのレッスン教室へ通っていましたが、低収入の生活、未来の希望が見出せない不安が襲ってきました。
その頃、レッスン生徒さんの中にお二人、ある自己啓発セミナーを受けた方がいました。ある日、先生のライブの会場で、別のレッスン生徒さんに、そのセミナーの創始者の著書を貸そうとしていました。わたしは何をやっても中途半端で投げ出してしまう正確で、自分の理想と現実の違いの落差に、現状をどうにかしたいと以前からずっともがいていました。モティベーション、やる気、情熱、根気の持てないこに劣等感をもち、自己嫌悪に陥っていました。自分の精神とはどんなものかと思い、心理学の本を読むことがきっかけだったのですが、その後、ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」という本と出会い愛読していました。あの頃はシンクロニシティーに興味があったと思います。ですが、その本の通りにどうすれば自分の力を発揮させることができるかわかりませんでした。レッスン生徒さんの中のお一人は、吉祥寺でヒーリングサロンを独立開業されたばかりでとても輝いていました。その方からお話しを聞き、そうした力を発揮するノウハウを、きっとそのセミナーで得たにちがいないと思ったわたしはその本を貸してもらいました。その本の内容はたしかに具体的にすすめていく内容だと思いました。そして、そのセミナーの案内パンフレットをもらいました。たしか40万円以上の高額(わたしにとって)な料金でしたが、きっと自分の持っている潜在的な力を引き出す内容に違いないと思い、なけなしのお金をはたいて申し込みました。
わたしはその頃、精神世界に一切関心がありませんでした。というより精神世界というジャンルさえ当時は知りませんでした。また、無神論者でした。世の中は一流大学に進み、一流企業に勤めるひとが社会の成功者で、遠にはずれてしまった自分のような人間は一生うだつが上がらないと決めつけていました。社会人としての自分の状況はそうした思いを反映していました。セミナーは、主催者のご自宅で約一週間の間行われ、20人弱の受講者の方が参加していました。内容は学校の授業のように黒板に向かってレクチャーを受けるというようなものを想像していたのですが、実際は随分異なり、いくつかの手法を使って、生まれてから自分が積み上げてきた自分の経験上の関係したひとたちを許し、自分の中にある価値判断を手放していくことでした。これまで、自分が長男で、田村家を継ぐことや自分の生活に使っていたもの、そして家族達を一切、実家に置いてきてしまっていたわたしには、そのお宅での実習は何か腑に落ちて、自分の心と身体がどんどん軽くなり、晴れ晴れとして透明になっていきました。無我の境地になるというのでしょうか、この瞬間に生きている充実感が高まっていきました。
そしてセミナーの後半にさしかかったその日に、その体験は起こりました。わたしと何か別の存在が一体になった感じでした。自分とその周りが温かい何かのエネルギーに包まれている感じでとても安心した心地がします。わたしの細胞ひとつひとつが歓喜に満ち踊っている感じです。そして、何日か通って見慣れた、その家の部屋や部屋のものすべてに対してわたしの感じ方が、その瞬間から全然違うのです。全てが美しく、神聖に感じ、すべてが愛しいと思えます。至福感で涙が溢れ出してきます。「ああ、何て世界は美しく、愛に満ちて素晴らしいんだ。」という気持ちが溢れています。しばらくの時間、恍惚状態のまま、ほかの人と別室で一人にさせてもらいました。それからしばらくして呼ばれて、自分自身の”創造したいこと”をリストにあげてくださいと言われました。そのときリストに上げたことが「音楽を奏で、豊かでしあわせに暮らす」ことでした。あのとき体験して実感しました。「全てはひとつだ」「わたし達は実は全て本質は同じ」しかも「本質は愛そのもの」なんだと。自分のエゴがつくり出した「価値判断」の視点を外して本来の自分の意識で捉えるとそのものを実感できる。この世界を創出した存在(源、大いなるもの、神と呼べる存在)とわたし達は実は同一のもので、その存在の視点に立った状態を体験したと感じました。一緒にその家に来ていた受講者、サポートする人の中に、自分が苦手と感じるひとがいましたが、そのときは全てのひとを愛しいと感じました。その体験を今風に言うと「ワンネス」を感じた体験といえるでしょう。その日の日記に、その有り様を「たったひとつのわたし達、自分自身でいていいんだよ」と記しています。
そのセミナーは、そのコースの後にもいろいろなコースのセミナーがあり、受けた方の中には、次のコースに行く人達がいましたが、わたしにはそれで十分でした。わたしの内側にいる魂がボサノヴァの音楽をもっともっと深め追求していくこと、この世界の有り様、精神世界に関することを追求していくことにわたしを駆り出させたからです。そして、その年にソロライブを開き、その体験の半年後に本場リオ・デ・ジャネイロに渡りました。追って、このプロセスも綴りたいと思っています。
わたしにとって、この体験は今生きていくことの大きな支えになっています。残念ながら、あのときのような状態の自分でいられることはごくたまにしかありません。わたし達が全て、量子物理学的にみて波動であるということを知ってからわかるのですが、日々の中で、その体験をもとに、自分の波動、または外界の波動の周波数、振幅数が高いか低いかを感覚でわかるようになりました。ワンネス体験の時のような波動の周波数でいられることはまれですが、どうしたら、あの波動の状態にいられるのかはわかりました。自分の中にある様々な価値判断を手放し、飾ることの必要のない自分自身、本当の自分でいるとき、自分の大好きなことをしているとき、自分が本当のワクワクしているとき、自分がぼーっとした無の状態でいるときにその波動の状態にもっていけることに気づきました。ですが、それを知っていることよりもその波動の状態で生きることがなによりも大切なことです。その波動は自然と一体の波動なのかもしれません。いろいろなシンクロニシティーが起こり、直感が冴えるようになります。それは調和の波動なのでしょう。拙い文章ですので、あの体感と感動を全てお伝えするのはどうやらわたしには無理のようですが、わたしの生き方を一変させてしまった出来事を綴ってみました。
最近では、わたしのような体験をされた方が他にもたくさんいらっしゃることを耳にしたり、読んだりします。多分、集合意識的に人類に起こっていることなのかもしれません。本来わたし達は全てとつながっています。分離しているという幻想を手放し、再び本来のかたちですべてとつながって人生を送っていけたらと思いますし、そうしていけると確信しています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
2013年2月4日月曜日
バレンタインコンサート
昨日は前橋の素敵なお店シャンティーさんでバレンタインデーにちなんだコンサートをさせていただきました。お店の皆様、ご来場くださった皆様、どうもありがとうございました。
2月3日は節分の日。出掛ける前にしっかりと恵方巻を食してきました。
お店の方から、お客さんにお出しするケーキにちなんだ演奏をとリクエストをいただきました。準備中にひとついただきました。チョコレートケーキをいただきました。シンプルなのですがとても深い味わいのおいしいケーキでした。わたしのコンサートに来ていただいた方にもお店のファンの方がいらっしゃいます。ボサノヴァという音楽はとてもシンプルに感じますが、ハーモニー、リズム、メロディーが複雑であります。また、西洋音楽と黒人のリズムが混ざり合い、色に例えると褐色の色をイメージするので、ボサノヴァの歌自体がケーキとイメージがぴったりのような気がしました。
いつも思うのですが、コンサートをさせていただくお店の方々との出会い、お店をご紹介してくださった方との出会い、来てくださるお客さんひとりひとりとも音楽を通じてのご縁というものを強く感じ、ありがたいことだなあと思います。演じるものがいるだけでは成り立ちません。聞き手の人もあっての音楽です。演奏者が一方的に送るのではなく、同じ場にいて一緒に共有して共に楽しむことが理想的な関係なんでしょうね。
いつもなのですが、コンサート中に写真を撮る余裕がありません。会場にいらした方から写真を拝借しました。
2月3日は節分の日。出掛ける前にしっかりと恵方巻を食してきました。
お店の方から、お客さんにお出しするケーキにちなんだ演奏をとリクエストをいただきました。準備中にひとついただきました。チョコレートケーキをいただきました。シンプルなのですがとても深い味わいのおいしいケーキでした。わたしのコンサートに来ていただいた方にもお店のファンの方がいらっしゃいます。ボサノヴァという音楽はとてもシンプルに感じますが、ハーモニー、リズム、メロディーが複雑であります。また、西洋音楽と黒人のリズムが混ざり合い、色に例えると褐色の色をイメージするので、ボサノヴァの歌自体がケーキとイメージがぴったりのような気がしました。
いつも思うのですが、コンサートをさせていただくお店の方々との出会い、お店をご紹介してくださった方との出会い、来てくださるお客さんひとりひとりとも音楽を通じてのご縁というものを強く感じ、ありがたいことだなあと思います。演じるものがいるだけでは成り立ちません。聞き手の人もあっての音楽です。演奏者が一方的に送るのではなく、同じ場にいて一緒に共有して共に楽しむことが理想的な関係なんでしょうね。
いつもなのですが、コンサート中に写真を撮る余裕がありません。会場にいらした方から写真を拝借しました。
2013年2月1日金曜日
エッセイ4
群馬県内東毛地区で配布されているタウンわたらせの、2010年に掲載されたエッセイの最終回です。自分の中で軸になっていることを整理するよい機会となりました。とてもありがたかったです。
タウンわたらせエッセイ4~ 思いをかたちに ~
2010年6月26日第390号掲載
みなさん、江本勝氏の「水からの伝言」という本をご存知ですか?私達の世界は物質も含めて、皆波動であり、目に見えないその波動を水に閉じ込め、氷結させるとそれぞれの波動は異なる幾何模様として見ることが出来ます。「水からの伝言」はその写真集です。例えば「ありがとう」という言葉やモーツァルトの音楽はとてもきれいな幾何模様となります。人から「ありがとう」と言われて、いやな思いをするひとはいないはずです。また、モーツァルトの音楽は温室栽培をしているトマトに聞かせると、トマトがより甘く熟すといった現象があります。一方、「バカヤロー」や「ムカツク」といった言葉の波動はきれいな幾何模様にはならず、おどろおどろしいくずれたかたちになっています。明るく、あたたかい、美しいものは高い波動であり、暗く、冷たく、汚いものは低い波動です。高い波動は創造を生み、低い波動は破壊へとつながります。例えば、日本の伝統である”ぬか漬け”において、酵素であるぬかはひとの思いの波動に共鳴し、反応します。ひとが手間をかけ、愛情を込めたぬか漬けは発酵し、おいしい漬け物となりますが、愛情をかけずに手を抜けば、カビが生えたり、腐らせてしまいます。
とすると、自然の中で降って来る雪はどうでしょう?どれ一つ同じかたちのものがなく、美しい結晶のものばかりです。とすると、自然というものは、高い波動であって、言い換えれば「愛」そのものではないでしょうか?自然自体は全てを育み、循環する何一つ無駄のないテクノロジーを持っています。
自然がみな、生まれながらに備わっている英知によって生きているのに対し、人は思いをかたちにします。(厳密には自然も思いをかたちにしているのですが)例えば、離ればなれのひとの声が聞きたい、話がしたいという思いが電話の発明と言うかたちになりました。それをもっと便利で手軽なかたちにしたいという思いが携帯電話やいま話題になっているスマートフォンのiPhoneというかたちとなって登場してきています。
iPhoneはアップル社というパソコンメーカーのもので、電話の機能、スケジュール管理、メール、音楽を聞き、動画も見れてインターネットにもつながるなど、電話機とパソコンの機能を融合し洗練させた新しいデバイスです。現在パソコンメーカーのアップル社の開発する製品は最高経営責任者(CEO)のステーブ・ジョブズ氏の意志が強く反映されているといっても過言ではありません。ジョブズ氏はフォーブス誌のすぐれた経営者投票で過去最高の得点で1位に選出されている人物です。
ジョブズ氏は今から25年前某雑誌のインタビューで、コンピュータはどう変わるかと尋ねられるとこう応えました。(この時点ではまだパソコンは黎明期であり、インターネットは出現していませんでした。インターネットの普及は1990年代後半から)「将来、家庭にコンピュータを備える最大の理由が、コミュニケーションの全国的なネットワークに参加するため、ということになるでしょう。電話に匹敵する注目すべき飛躍的な進歩です。つらいのは、世間は具体的な答えを求めるのに、ぼくらにはそれが出せない事です。」と語り、グラハム・ベルの電話の発明についていかに素晴らしいことか熱く語っています。現在大ヒットしているiPhoneが発表されるときにジョブズ氏は「今日アップルは電話を再発明します」と言った言葉の裏には、今のような時代の到来を25年も前に予見し、そのために必要なデバイスをかたちにしようという一貫した強い信念を持っていたということになります。これはすごいことだと思います。
「芥子粒ほどの思いがあれば山をも動かす」というキリストの残した言葉があります。地球の大きさからすれば微生物ほどの大きさである人間ですが、そのひとりひとりの思いは社会を変えさせるほどのポテンシャルを持っているのです。自分自身のしあわせへと平和への願望という思いを実現させることの可能性を信じ、いつもそこに気持ちを向け、保ち続ける意志をもって生きていると実現することは可能なことなのかもしれません。
2013年1月31日木曜日
エッセイ3
群馬県内東毛地区で配布されているタウンわたらせの、2010年に掲載されたエッセイの第3回です。
タウンわたらせエッセイ3~ 自然と共生 ~
2010年6月19日第389号掲載
わたしは生まれ故郷であり、今も住んでいる、この自然に囲まれ、水がきれいな桐生が大好きです。新宿で生まれたのですが、当時はまだ井戸がありました。新宿は講談社の創始者である野間清治氏が生まれたところでもあります。
小学校一年生のときに相生に引っ越したのですが、クワガタ獲りや沢ガニ獲り、魚釣りなど父親と梅田や菱町へ山遊びによく行きました。近所の相生の松もよい遊び場でした。相生の松の周りは一面草原で、そこで風に吹かれながら空想に耽ったりしていました。わたしの時代は学校が終わると自由を満喫していたと思います。
桐生は風水学的にみて絶妙の立地条件だそうです。風水では、北に主山、東西に山が連なり、南に低い山と水の流れ出る川があることが理想とされていて、北に御神山である赤城山を主山として東西に山々に囲まれ、渡良瀬川が中心を流れる、まさに理想的な土地です。桐生が自然の気に満ちた素晴らしい土地であるのを痛感したのは大学時代と三十代前半に東京暮らしをしたことからです。
特に学生時代は板橋区の大山という住宅密集地で、どこに行ってもコンクリートに囲まれ、神経がイライラし、周りと人から受ける緊張感と圧迫感によるストレスは耐え難いものでした。ボサノヴァを習っていた三十代前半は武蔵野の入り口の田無に住み、暇があれば近くの小金井公園に行っていました。
三十年以上前の小学生の頃、近くの相生の松の草原でよく遊んでいた頃は、仕事が終わるとご近所同士でお酒を飲み交わしたり、食事をしたり、談笑し、交流し合って、みんな、のどかに笑顔で暮らしていました。周りは畑や草地で色々な昆虫や野鳥がいました。庭にはおけらもいました。
東京時代にいつも思い出していたのは、そんな桐生での自然のあるのどかな生活でした。そして自然との共生なしに人間は生きられないということを肌で感じたのでした。その草原のそよ風のノスタルジーはわたしの大切な宝物です。そのノスタルジーも込めて今わたしはボサノヴァを歌っています。
2013年1月30日水曜日
エッセイ2
群馬県内東毛地区で配布されているタウンわたらせの、2010年に掲載されたエッセイの第2回です。一部加筆訂正しました。
タウンわたらせエッセイ2~ リオ・デ・ジャネイロ滞在記 ~
2010年6月12日第388号掲載
わたしがボサノヴァという音楽を始めたのは28歳のときです。それまで、歌も楽器もまともにできませんでした。ましてや、人前で披露することなんてことはもってのほかでした。最初は独学でしたが、東京へ行き、新橋にある、ボサノヴァ歌手の中村善朗氏のレッスン教室に通い、発音はライブレストランのオーナー夫人のブラジル人の方に習いました。そして2000年11月、本場のブラジル、リオ・デ・ジャネイロに渡りました。リオに知人はいなかったので、最初はホテルに滞在しました。そのうちにある日系人の方の紹介で、イタリア系のブラジル人のおばあさんのマンションにホームステイさせてもらうことになりました。そちらでは、我が子同然に接してもらえました。
ブラジルはカトリック信者の多い国です。ですから、日常使う言葉にも、とても反映されています。例えば、「いってらっしゃい」という言葉は直訳すると「神様と行きなさい」、「行ってきます」は「神様といてください」となります。そのおばあさんは娘さんを交通事故で亡くしてしまったのですが、「どうして神様はわたしから娘を奪ったんだろう」と泣きながら言っていました。おばあさんも2002年に亡くなられました。
リオ・デ・ジャネイロは日本からすると地球の裏側の街です。それだからでしょうか、日本と習慣と気質が全く違います。一例をあげますと、ブラジルでは感情を体で表現します。あいさつは抱擁。女性に対しては加えて両頰にキスをします。親しければ親しいほど熱烈にするのが当たり前なので、日本人には苦手な仕草だと思います。
リオの人のことをカリオカといいます。ちなみに南米最大で日系人も多いサン・パウロのひとをパウリスタといいます。カリオカはおしゃべりが大好きで、ひとなつっこくて、底抜けに明るいです。朝は浜辺で日光浴、昼の仕事を終えると夜はバイレ(ダンスパーティー)に繰り出したり、バールというサンバ、ショーロ、ボサノヴァの生演奏を聞けるお店でビールとおつまみを摂りながら、聞いたり、歌ったり、踊ったりしています。お店が始まるのは8時ぐらいからで、最高潮はいつも夜更け。一日一日を満喫して生きているのですが、そのタフさは日本人には到底真似できないでしょう。
リオの中心街はコパカバーナ、イパネマという有名な海岸が隣接してあり、海岸沿いには大きなホテルが並びます。ちょっと内陸部に入ると、岩肌がむき出しの山がそびえていて、道路沿いや公園には大きな椰子の木が生えています。椰子の木の葉は6、7mあります。ある日、公園のベンチにいたら、その葉が落ちてきたことがあるのですが、落ちたときのドスンという大きな音にびっくりしました。人間に直撃したら死んでしまうと思います。あのときは本当に肝をつぶしました。
リオは自然の息吹が感じられる街です。ジャルジン・ボタニコという広大な植物園もあります。公園や海岸には小さな野鳩がたくさんいます。日本に多く見られるスズメやカラスはいません。ハチドリも生息し、窓から入って来て、家の中に置いてある鉢植えの植物の花の蜜を吸っているのを見たことがあります。
リオ・デ・ジャネイロの気候は亜熱帯で、夏の気温は42℃に昇ることもあります。汗をかいてもすぐ乾いてしまい、Tシャツに塩がふいた状態になります。水分もこまめに摂らないと熱中症になります。現地の人は安くておいしい椰子の実の水やオレンジ・ジュースをよく飲みます。
ブラジルの共通言語はポルトガル語です。渡る前に一応勉強していったつもりでしたが、最初は大分苦労しました。挨拶ぐらいまではよいのですが、その後に続く日常話している言葉が聞きとれずにコミュニケーションできませんでした。そうして6ヶ月が過ぎたところ不思議なことが起こりました。ある日を境におばあさんが言っていることがはっきり分かり、こちらもそれに応えて言葉が自然に出て来たのです。まるで幼児が突然すらすらと話し出す感じでしょうか。勿論、複雑な会話になれば話は別ですが、ブラジル人と共に生活し、日常会話を交わすことで歌詞の言葉の意味合いを肌で感じることができて、リオに滞在したことは本当によかったと思います。
郷に入れば郷に従え その土地の風俗、習慣を受け入れてしまえば、現地の人々にも快く受け入れてもらえて住めば都となるものだなと思いました。
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